野原の卒業式
 --------- 右手に握ったボールを前に突き出して見せて「打ったら九州へ行け!打てなかったら東京に残れ!」と、私は理不尽な条件を彼に突きつけて投球動作に入りました。彼はいつもとおりの独特のフォームでバットを構え、小刻みに体を揺らしてタイミングを計っていました-------
 
 丸山かんちゃん。彼にはじめて会ったのは、彼が小学校1年のときで、それ以来ずーっと野原の野菜を食べて育って、今は中学2年生になっています。
 はじめてあった頃から満面の笑みが彼のトレードマークで、私が配達に行ったときも、町で私のトラックとすれ違うときも、畑の見学に行ったときも、キャッチボールをしたときも、いつも笑顔でした。彼の笑顔は、そのたびに私を和ませ、勇気づけてくれました。野菜の事にしろ、遊びの野球にしろ、“喜んで笑顔で迎えてくれる”ということは一番嬉しいことです。仕事を独立してまだ心細い心境で働いていた頃の私にとっては、彼の笑顔が本当に救いだったし、大げさかもしれませんが、彼の笑顔は、私を動かす原動力の1つでもあった、と思えます。
あの頃、私のトラックが着くと家から飛び出してきて「のっはらっさぁーん!」と叫んでいた、無邪気でかわいい子だった彼も、今は声変わりもしてずいぶん男っぽくなり、今年の夏、ついに身長が私より高くなりました。そして、この秋、彼は家族から離れて単身九州へ渡り、農家にホームステイしながら地元の中学校に通い野球漬けの日々を送るのだそうです。

 男と男の真剣勝負をする時が来たのです。
 
 真剣勝負の日もまた、かんちゃんは笑顔でやってきました。「やべぇ、野原さんの球、オレ打てるかなぁ?・・・ニコニコ」。私は心の中で「真剣勝負だってーのに!もうちょっとナーバスになれよ!」と思いつつ、さっそくウォーミングアップを開始しました。真剣勝負だから、ちゃんと肩を温めて、本気の剛速球が投げられるようにしたいのです。しかし、それにしても、私のウォーミングアップの球を受けるかんちゃんの弟の陽平もまたすごい!4年生だというのに私の速球を平気で受けて、これまたニコニコしている・・・・恐るべし丸山兄弟!。このニコニコペースに飲まれては負ける!・・・。
 ウォーミング・アップしていて気がついたのですが、この日の私の肩は1年に1度あるかないか、とういうほどの良い調子でした。体は軽くて、腕の振りは良好、そして私がこの1年でマスターしたジャイロボールという普通のストレートとは違う回転のストレートは、それこそ針の穴を通すようなコントロールで、狙ったところにビシビシ決まりました。投げながら「悪いけど、今日の球は、今のかんちゃんには打てないだろうなぁ」と思いました。かんちゃんはバントの名手で器用なバッターの部類です。バッティングもバットコントロールでおっつけて打つようなタイプで、ストレートを力で弾き返すスラッガータイプではないのです。だから今日の私のストレートをバットに当てたとしても、きっと外野までは飛ばない。私は勝利を確信しました。でも今日は真剣勝負だから手加減無用。情け容赦なくストレートを投げ込み、血も涙も無い、そんな結末となってもしかたが無いのです。人生経験の差が浮き彫りとなるような、あるいは、赤子の手をひねるような、そんな展開になってもしかたが無いのです。
 かんちゃんが打てなかったら・・・・・「オレの球を打てるようになったら帰って来い!」そんな最後のセリフを用意して私はマウンドへ上がりました。私の息子とその友達は、大飛球をキャッチしてやろう!と目論んで、グラウンドの一番向こうのフェンスのほうへ散っていきました。弟の陽平は勝負を見守ってやる、という感じで私のすぐ横に陣取りました。
 第1球目は内角低めのストレート。このコースはプロのバッターなら簡単に打ちますが、体を開かないで、腕をたたんで打ち返すことはものすごく難しく、しかも初球なので、まず打たれることは無いはずです。案の定、かんちゃんはピクリとも動けませんでした。見送ったのではなく、動けなかったのです。
 キャッチャーがいないので自分でボールを拾いに行くかんちゃん、私にボールを投げ返す時には、彼のトレードマークの笑顔は消えていました。
 第2球目は外角のスライダー。内角ストレートの後の外角スライダーを踏み込んで打てたら、たいしたモン。案の定バットの先端にチップしてファール!。これでツーナッシングとなり、完全に追い込まれたかんちゃんは、またボールを拾いに行きながら「野原さん!今何か、変化かけたでしょ!」と「ずるーい!」というニュアンスで言いました。「えっ?ただのスライダーだよ」と私は「当たり前でしょ」というニュアンスで言いました。
 第3球目はフォークボール。これは私にはコントロールする自信がありませんが、見せ球としての威力充分。運良くストライクゾーンに行けば、かんちゃんのバットは空を切るでしょうし、ボールになっても「フォークまで投げてくるのぉ!!」とプレッシャーをかけることができます。しかし、この3球目はすっぽ抜けて大きく外れました。
 第4球目、締めくくりは真ん中高めのストレート。もし打たれたら一番飛距離が出てしまう球です。しかし、遅い変化球が2球続いた後のストレートをジャストミートすることは困難です。そして、男と男の勝負を締めくくるのにカーブやスライダーを使ったのでは話になりません。やっぱり最後は真っ向勝負のストレートです。
 私はゆっくりとした間合いから全力でストレートを投げ込みました。「ズゴゴゴゴーッ!」と野球マンガなら効果音がつく、そんな渾身の一球は「パンッ」という、やけに軽い音ではじき返され、ボールは秋の空に舞い上がり、グラウンドを横切り、一番遠くのフェンスのてっぺんに当たって落ちました。あわや場外という当たりでした。 
マウンドで私は・・・・「やっぱカーブにしておけば良かった・・・・」

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卒業証書  丸山寛太殿
あなたは「のはらの子」全過程を大変優秀な笑顔を持って終了したことを証します。
      2002年10月12日 グループ野原 代表 鈴木浩克

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