今年も1年間ありがとうございました。"1999"年末 
 
  今年1999年といえばノストラダムスが人類の滅亡を予言していた年でしたが、その予言はみごと外れて良かった・・・。昔、小学生だったころノストラダムスの話を聞いたとき「1999年には僕は35歳かぁ、その頃にはおじさんになっているんだなぁ、35歳まで生きたら充分でしょ、死んじゃってもいいや」と思ったのを覚えています。しかし自分が実際35歳になってみると、まだまだ生き足りない。やり残したことがいっぱいある。もっともっと生きたいと、そう感じています。
 ノストラダムスの予言は外れたけれど、この世紀末、ある意味ですべてが崩壊して滅亡し、新しい世の中が現れてくる時期にきているのかもしれません。
 バブルが崩壊し、そのつけがまわってきている今、不景気がだいぶ長く続いているので、みんな大変な思いをしているけど、「これから新しい世の中が作られていく」と、そう思えばなんとなくわくわくしてきます。崩壊とか滅亡というマイナスのイメージから、創造、建築といったポジティブなイメージに切り替えて、みんながポジティブな気持ちでいれば、世の中はきっとうまくいくはずだ、と思います。あたりまえの話ですが・・。
 2000年問題は、いったいどんなことが起こるのか、さっぱり判らないので、どう対処していいのかわからないのですが、できれば何事もなく過ぎてほしい。とにかく原子力発電の事故さえなければ、何日か電気が止まっても、水道が止まっても何とかなるでしょう。原子力事業は、今年JCOの臨界事故がありましたが、これを期に縮小、滅亡に向かってほしいものです。とにかく「安全です!」といまだに言っている人もいるようですが、隕石が空から降ってきて原子炉を直撃することだってありえるのですから、原子力は存在しないことが一番安心なはずです。
 2000年問題では、まず、原子力が事故を起こさないことが前提ですが、それ以外の不都合、不便は、実は体験してみたい、と不謹慎にも思っています。今までの人生では、何でも必要なものは揃えることができて、それはすごく幸せなことなのだけれども、それが当たり前になってしまっています。それで、木を燃やしてご飯を炊いたり、川に洗濯をしに行ったりという体験をすれば、いかに今までの生活が楽チンだったかがわかるでしょう。でも、それで、やっぱり現代文明はすばらしい!原子力発電はやっぱり必要です!、という感想を持つんじゃだめで、その体験を通して、人間に必要な部分はいったいどこにあるのか、それを模索してみたいのです。不便さを感じるだけではなく、安心して飲める水が身近にない、安心して食べられる食料が身の周りで生産されていないこと、そういった根本の保障が実は無い、それを感じたいと思うのです。
 
 もし2000年問題で、大混乱が起きたら、野原の倉庫には、米など食料がありますので、どうぞお集まりください。ついでにワインとかも大量にあります。みんなで集まって・・・。あぁなんだかキャンプに行くような気分になってしまいます。やっぱり不謹慎ですね、私は。
 
 とにかく2000年という節目がやってきます。これからも人生は続いて、たくさんの人のお世話になり、そして、少しは人の役にたつこともして、がんばっていきたいと思っています。子供じみているかもしれませんが、みんなで協力して、支えあうような世の中を希望します。ポジティブ、ポジティブ・・。
 今年1年、本当にありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いいたします。
                                   鈴木浩克 

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